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手話と人肌


こんにちは。若夏です。
 6月に入り、一週間。そろそろ梅雨も本格的になる頃でしょうか。静かな部屋の中でじっと窓越しに降る雨を眺めている時、皆さんは雨に何を聴きますか。先日「
Listen」という映画を観て、視る「音楽」があるというのを知りました。今回はその、視る「音楽」について紹介させてください。



Listen」はろう者が、手指、顔の表情、体全体を駆使して「音楽」を表現する映画で、バックミュージックや語りは一切なしの視覚だけに訴える60分間の無声映画です。巧みな手指の動き、あらゆる方向に捻じったり、揺り動かす体、何か迫るものがある表情は、ダンスや舞踊と言えるかもしれませんが、そのパフォーマンスをしている、ろう演者にもちろん、音は聞こえません。身体がつくる空間に音はないのに、何かがあると感じさせ、見入ってしまう作品でした。出演者の中に流れ去る雲や、河原で肌を触れる風や、海辺の夕日に時間の経過を感じて、その中で心に湧くものを表現すると言っている人がいました。聴者の音楽にもリズム・テンポ・抑揚はありますが、ろう者の音楽も時間の中で心臓の鼓動が高鳴ることから生まれるのでしょう。聴者にとっての音楽体験は「音」という音階などに一般化されたものを、耳から受け取るという体験ですが、ろう者にとってそれは、視覚と触覚でとらえる外の世界と自分の内的世界が呼応、共鳴する時、自発的に生まれるというのが分かりました。一人のろう演者が繊細な手指とともに、眉、目、口を動かし、そこに空間をつくると、その場にシンクロするように一人、もう一人とパフォーマーが増えていく様子は、まさに合奏であり、自分と他者が「何か」でつながっている、「何か」を共有していると思わせる映像でした。上映後、監督が「日本手話を母語とする私達ろう者は相手の手に宿る『気』、というか温度みたいなものを感じることがある」と述べていましたが、そこには、確かに、身体がもつ表情、オーラ、温度などが存在しているように感じました。


映画の中で「人の(顔の)肌をみなさい」という字幕が断片的な言葉として出た時がありました。ナレーションがないので、どんな文脈でその言葉を解釈したらいいのか分かりませんが、私には人の顔の肌に動きを視る経験はありません。対面する相手の顔の肌に動きを視る時、ろうの方が相手の何を聴こう(=くみ取る)とするのかも知りえないと思います。
 交差点で拡声器を使えば一気に皆振り向くし、スポーツ試合においてハイタッチは選手の士気を上げます。「おはよう」という声とともにクラスメートが振り向き、その瞬間誰もがその人に何らかの印象を持ちます。人とのつながりのスイッチはどこにでもある気がしますが、相手を見ようと思わなくなった途端、その人と共有するものはなくなるのが、聴者の世界だと思います。     
 左手の甲を右手で切ったり、立てた一指し指を口元から前に突き出したりするのを視る時、ろうの人たちは手話内容以上のものを相手に見ているのかもしれないと思いました。指先から、表情、挙動から、言語で切り分けることのできない、その人の身体にしみついた内面や人生がこぼれて見えるのかもしれません。あの合奏のシーンに説明できないけど「何か」ある、人と人との間に「何か」ある、と感じさせたのは、彼らがつながりのオンとオフのスイッチがきかない、いつも近距離においてお互いを視ることからコミュニケーションが始まるからではないか、と思いました。観終わった後、映画の中で表われた「人の(顔の)肌を見なさい」という言葉を、勝手かもしれませんが、「人の生の姿に触れなさい」と解釈しようと思った次第です。



 



 



 



 



 



 



 


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無題

目は口ほどに物を言う、と良く言いますね。
無意識の仕草が無言の言葉になり、相手に影響を与える。その事を常に考えていないといけないな、と思いました。
  • 山際響
  • 2016/06/25(Sat)22:50:19
  • 編集

たしかに。

山際さん、ありがとうございます。
そうですよね。日常生活の中でも、立ち振る舞いや、所作のきれいな人を見ると、惹きつけられることがあります。仕草っていうのは、その人のバックボーンを見せる気がして、自分を振り返るとなかなか怖いものだなと思う時があります。笑
  • 若夏
  • 2016/07/03(Sun)15:23:30
  • 編集

舞踊の不思議

舞踊は見たことがありませんが、演劇は、以前お伝えした通り、たまに見ておりましたが、その舞台性というのは凄いものがありますよね。最近はあまり見ておりませんが、なかなか、体調も整わず、一人で観にいくのも、あまり面白くないので、観に行っておりませんが、舞踊の前衛的な作品?面白そうですね。今度感想でもお聞かせください。
  • 大山日文
  • 2016/07/04(Mon)00:02:09
  • 編集

無題

スクリーンを通してですが、舞踊を見せる人もいましたね。演劇で舞台に立つというのも、静寂の中に世界をつくるという点が、舞踊と似ている気がします。前衛映画かどうかは分かりませんが、言葉や観念にとらわれない、人の内側からつきあげてくる衝動、みたいなものを感じました。はい、是非またお話させて下さい。
  • 若夏
  • 2016/07/06(Wed)17:09:13
  • 編集

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文学市場は1994年設立のジャンル不問文芸同人サークルです。毎年3回、同人誌「さくさく」を発行しています。
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「さくさく」には短いエッセイを載せています。

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